モーツァルトの恋

モーツァルトには、結婚する前にとても愛していた女性がいました。アロイジアという名前の女性です。モーツァルトは作曲家ウィーバーの叔父フリードリン・ウェーバーと出会い、ウィーバ家へと出入りするようになります。それによりアロイジアとも出会い、愛するようになります。

アロイジア

アロイジアはオペラ歌手であり、宮廷でも歌を披露していました。モーツァルトはアロイジアの歌唱力を「生まれながらの天才である」と褒め称えています。

やがてモーツァルトは、アロイジアのためにオペラを作曲し、ともにイタリアへと渡って歌を披露したいと考えるようになります。モーツァルトは父親であるレオポルトに、イタリアにオファーをしてほしいと頼みましたが、モーツァルトの夢は実現することはありませんでした。

モーツァルトイメージ

当時、モーツァルトは音楽旅行の最中であり、母親のアンナ・マリアが同行していました。アンナ・マリアはモーツァルトがアロイジアに夢中になっていることを知ると、それはモーツァルトによってマイナスとなると判断します。

アンナ・マリアは父親に手紙を送り、早急にパリへと旅に出るように仕組みます。モーツァルトはアロイジアを愛していましたが、渋々とパリへと旅立つこととなります。

パリに到着してから、モーツァルトはアロイジアに手紙を送ります。ですが、アロイジアからは1度も返事が返ってはきませんでした。

モーツァルトは母アンナ・マリアを亡くし、音楽家としての就職先を見つけることもできずに、生まれ故郷のザルツブルグへと戻ることを決心します。

ザルツブルグへと戻る途中、モーツァルトはウェーバー家へと寄り、アロイジアにプロポーズをします。ですがプロポーズは受け入れられることはありませんでした。

コンスタンツェ

1782年、モーツァルトは聖シュテファン聖堂で結婚式を挙げています。相手はコンスタンツェという名前の女性です。コンスタンツェは、モーツァルトが22歳の時に失恋をしたアロイジアの妹になります。

モーツァルトがアロイジアに恋していたころ、モーツァルトはコンスタンツェとも出会っています。ですが、コンスタンツェに対しては、特別な感情を抱くことはありませんでした。

ですが1780年、モーツァルトはコンスタンツェと再会をします。モーツァルトはコンスタンツェと、しばしば夜の散歩に出かけたりしていましたが、この時点で、二人の間に特別な感情があったかは、さだかではありません。

ヨーロッパ

2人の結婚に関しては、コンスタンツェの母親が強く影響しています。

コンスタンツェの母親は、家計を助けるために、コンスタンツェの結婚相手を探していました。ちょうどその時期に現れたモーツァルトに、母親は目をつけます。母親は「モーツァルトはコンスタンツェが好きである」などの噂を流し、2人が結婚するように仕向けています。

このような母親の画策が影響したかは分りませんが、1781年、モーツァルトはコンスタンツェを強く愛しているという内容の手紙を父親レオポルトへ送っています。

レオポルトはモーツァルトの恋愛に大反対しましたが、結婚式をあげる直前には、2人の結婚に同意することとなります。

モーツァルトとコンスタンツェの間には、6人の子供が生まれますが、不幸にも4人の子供を亡くすこととなります。


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