モーツァルトの早すぎる死

1791年、モーツァルトはプラハで体調を崩します。薬を服用しながら「レクイエム」の作曲に取り掛かってる最中に倒れ、12月5日に35歳という若さで亡くなります。

モーツァルトの死因

モーツァルトが死亡した原因は全身の浮腫と高熱であるといわれています。ウィーンの公式記録では「急性粟粒疹熱」とされ、実際の死因は「リューマチ熱」と考えられています。

モーツァルトがリューマチ熱になった原因として、幼いころから何度も続けられていた旅行が原因であるという説があります。

実際、モーツァルトは旅行先で病気で寝込むことが多かったと記録に残っています。

また、当時の道路は舗装が行き届いてはおらず、馬車の振動が体に悪く、子供のモーツァルトの成長に悪影響を与えたとも考えられます。モーツァルトは、この時にリューマチを患い、亡くなるまでの間、持病として悩まされることとなります。

モーツァルトイメージ

モーツァルトの容姿には諸説あり、とても小柄な体型だったとも言われていますが、これはリューマチが影響しているからだと考えられます。

モーツァルトは病で寝込む前に、妻のコンスタンツェに「毒を盛られた」と語っています。モーツァルトはコンスタンツェに送った手紙にも、「私の才能に嫉妬する者がポークカツレツに毒を入れた」とも書いています。

実際、当時の音楽家の中には、モーツァルトを敵対視していた者もいたようです。また、モーツァルトの死後、新聞では「モーツァルトは毒殺された」とも報じています。

1820年ぐらいには、「サリエリがモーツァルトを毒殺した」という噂が流れます。サリエリは1825年に死亡するまで、この噂に悩み続けることになります。

この噂をもとにして「モーツァルトとサリエリ」「アマデウス」などの作品が発表されています。


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